塩を使わない保存が、
千年の交易を支えてきた
北極圏のノルウェー、ロフォーテン諸島には、冬の終わりから春にかけて、木のラックにタラがびっしりと吊るされる風景がある。塩は一切使わない。使うのは、極寒の風だけだ。
「トシュク」と呼ばれるこの乾燥タラは、2月から6月ごろの6〜12週間、屋外の木製ラック「イェル」に吊るされ、寒風にさらされ続ける。気温が低すぎず高すぎない、ロフォーテン特有の気候だからこそ可能な製法だという。水分を抜くことで腐敗の原因になる菌の増殖を抑えるという理屈は塩蔵魚と同じだが、塩をまったく使わずに実現している点が珍しい。
この乾燥タラの交易は、驚くほど古くから続いている。2017年に発表されたDNA分析の研究では、ドイツの遺跡から出土した西暦800年代から1100年代ごろのタラの骨が、ロフォーテン産のタラと系統的に一致することが分かった。バイキングの時代から、すでにこの魚が遠く離れた土地まで運ばれていたことになる。
現在もこのトシュクは、主にイタリアへ輸出されている。イタリア料理の「バッカラ」に姿を変え、遠く離れた地中海の食卓に上る。2025年の輸出量は約2,893トン、金額にして約8億9,900万ノルウェークローネ。輸出先の筆頭は今もイタリアで、その後にクロアチア、ナイジェリアと続く。
塩を使わず、風だけで仕上げるという製法は、決して手間を惜しんだわけではない。むしろ、その土地の気候を最大限に活かした、シンプルであるがゆえに再現の難しい技術なのだろう。千年近い時間をかけて磨かれてきた保存の知恵が、いまも遠い国の食卓とこの島をつないでいる。
寒風だけが、千年の交易を支えている
出典:ケンブリッジ大学(2017年発表)、ノルウェー水産物審議会関連統計ほか。
塩も、機械も使わない。ただ土地の気候に委ねるという選択が、千年近い時を超えて今も生き続けている。読者のみなさんの食卓にも、そうした「足し算ではなく引き算」で守られてきた味があるかもしれない。
※本ページでご紹介した統計は、各出典(本文中に記載)の公表時点のものです。
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