3対1で仕込んだ樽が、
幻の一番搾りを生む
ベトナム南端に浮かぶフーコック島には、大きな木樽がずらりと並ぶ光景がある。中で仕込まれているのは、東南アジアの食卓に欠かせない魚醤「ヌクマム」である。
製法はいたってシンプルだ。カタクチイワシと塩をおよそ3対1の割合で木樽に仕込み、重石をして寝かせる。発酵の期間は短くて9か月、上質なものはそれ以上の時間をかける。時間だけが、うまみを引き出す唯一の道具だ。
最初に樽からにじみ出てくる液体は「ヌクマム・ニー」と呼ばれる一番搾りで、全体の半分から7割ほどを占める。アミノ酸と窒素の濃度が最も高く、最上級として扱われる。ベトナムの基準では、上級品の総窒素量は1リットルあたり30〜39グラムに達するという。
起源については諸説あり、確たる定説はまだない。ベトナムの史料には10世紀の時点ですでに製法があったと記す記録もあるとされるが、一次資料としての確認は難しい。古代ローマの魚醤「ガルム」との関係についても、伝播したという説と、それぞれの土地で独立に生まれたという説の両方があり、学術的な決着はついていない。
2012年、フーコックのヌクマムはEU(欧州連合)から原産地呼称保護(PDO)の認証を取得した。ベトナム産品としては初めてであり、東南アジアの食品としても初めての事例だったとされる。木樽と時間だけで作られてきた発酵調味料が、遠いヨーロッパの制度によって、その価値をあらためて認められた瞬間だった。
時間だけが、うまみを引き出す道具になる
出典:ベトナム政府公式サイト(baochinhphu.vn)、Wikipedia「Phu Quoc fish sauce」ほか。
魚と塩、そして時間。材料だけを見れば驚くほど簡素なのに、そこから生まれる味わいの奥深さは、はるか遠くの制度にまで認められるほどだった。読者のみなさんの食卓にも、同じように時間だけが作り出す味わいがあるかもしれない。
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