伝説が生まれた森に、
もうひとつの豊かな実りがあった
エチオピア南西部、カッファ地方の森には、ヤギ飼いの少年カルディにまつわる言い伝えが残る。ある実を食べたヤギたちが、夜も眠らず飛び跳ねていた——そこから見つかったのがコーヒーだった、という物語だ。
この話が文献に初めて登場するのは17世紀のことで、出来事があったとされる9世紀からは大きな隔たりがある。学者たちの多くは、これを史実というより後世に語り継がれた伝説として扱っている。それでも、コーヒーの木(アラビカ種)が植物としてこの高地の森を原産地とすることは、植物学的にはっきりと裏付けられている。標高1000メートルを超える森の下草として、いまも野生のコーヒーが自生している。
同じ高地には、もう一つの実りがある。「テフ」と呼ばれる、粒がケシ粒ほど小さな穀物だ。エチオピアの主食パン「インジェラ」の原料であり、鉄分やカルシウムを豊富に含み、グルテインを含まないという特徴を持つ。栽培化の年代は研究によって幅があるが、数千年前にはすでにこの地で育てられていたとされる。
テフの粒は非常に小さいため、皮を取り除く精製の必要がなく、粒全体をそのまま挽いて使うことができる。表皮ごと食べることになるため、鉄分やカルシウムといったミネラルが、そのまま無駄なく取り込まれる。小ささが、かえって栄養の豊かさを守っているというわけだ。
コーヒーもテフも、同じ高地の気候と土壌から生まれた実りである。一方は伝説とともに世界中に広まり、もう一方はいまも主にこの土地の食卓を支え続けている。どちらも、エチオピアの高地という同じ場所から芽吹いたものだ。
同じ高地が、二つの実りを育てた
出典:植物学的コンセンサスに基づく資料(PMC等)、エチオピア国際食糧政策研究所(IFPRI)資料ほか。
伝説と科学、その両方が同じ土地から生まれているというのは、なんだか面白い巡り合わせだ。読者のみなさんが日々口にするコーヒーの向こうにも、あまり知られていないもう一つの実りが、静かに育っている。
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