石灰水にくぐらせる一手間が、
飢えを遠ざけた
メソアメリカの人々は、遠い昔からトウモロコシを石灰水にくぐらせてから食べてきた。「ニシュタマリゼーション」と呼ばれるこの下ごしらえには、経験だけでは辿り着けない科学が隠れていた。
トウモロコシの粒を石灰水に浸し、加熱してから一晩置く。皮を取り除いた粒を挽いて生地にする——このひと手間が、トルティージャの土台になる。考古学的には、オルメカ文明が栄えた紀元前1200年ごろの遺跡から、すでにこの加工に使われた道具の痕跡が見つかっているとされる。
トウモロコシに含まれるナイアシン(ビタミンB3)は、そのままでは大部分が体に吸収されない形で存在している。ところが石灰などのアルカリ処理を経ると、この結びつきがほどけ、ナイアシンが体に取り込める形に変わる。メソアメリカの人々は、その仕組みを知らないまま、経験だけでこの技術にたどり着いていた。
この一手間の価値がはっきり見えたのは、皮肉にも、この技術を持たない土地でのことだった。18世紀のヨーロッパ南部、19世紀末から20世紀初頭のアメリカ南部では、トウモロコシを主食としながらこの下ごしらえをしなかったために、ナイアシン欠乏症「ペラグラ」が広がった。アメリカでは1920年代までに、12万人以上がこの病で命を落としたとされている。
一方、同じようにトウモロコシを主食としてきたメソアメリカの地では、ニシュタマリゼーションのおかげでペラグラがほとんど見られなかった。2010年、ユネスコはメキシコの伝統料理を無形文化遺産に登録し、その調理技法の一つとしてこのニシュタマリゼーションを明記している。
知らずに実践していた、栄養の科学
出典:UNESCO Intangible Cultural Heritage(2010年登録)、米国公衆衛生局の歴史的調査記録ほか。
一手間かけることの意味は、時に何百年も経ってから科学によって証明される。石灰水にくぐらせるという、ごく当たり前の下ごしらえに、これほどの物語が隠れていたことに驚かされる。
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