一滴の水を惜しむ知恵が、
砂漠を畑に変えた
水がほとんど降らない乾いた大地で、どうすれば作物を育てられるか。この問いに向き合ってきた土地を旅すると、たった一滴の水の使い方が、農業のかたちを大きく変えることに気づかされる。
1930年代、水利技師シムハ・ブラスは、ある奇妙な光景に目を留めた。水道管から漏れた水のまわりだけ、木が旺盛に茂っている。そこから「必要な場所に、必要な分だけ水を届ければよいのではないか」という発想が生まれた。1959年、ネゲヴ砂漠のキブツ・ハツェリムで実験的なシステムが組み上げられ、1965年8月10日、ブラス親子とキブツが契約を結んで企業ネタフィムが設立された。翌1966年、世界初の商用ドリッパーが発売される。
Drip Irrigation 点滴灌漑——根もとに、必要な分だけ
根の近くに少量の水を浸透させるこの方式は、従来の灌漑と比べて水の消費を40〜70%削減しながら、作物によっては収量を最大90%押し上げるとされる。乾いた大地で農業を続けるために生まれた発想が、いまでは世界中の乾燥地農業を支える技術になっている。
この土地には、水の使い方だけでなく、農業そのものの営み方にも独自の工夫がある。1909年、ガリラヤ湖畔に「デガニア」という農業共同体が生まれた。土地と生産物を共有し、生産的な自力労働と機会の平等を原則とする「キブツ」と呼ばれる仕組みだ。現在も世俗・宗教あわせて280以上のキブツが存続しており、人口に占める割合はわずか2.5%ほどだが、農産物の33%をこの共同体が生産しているという。1955年には農民一人が15人分の食料を生産する水準だったが、現在は100人分を賄うまでに生産性が高まった。
乾いた土地で長く育てられてきた作物にも、それぞれの物語がある。19世紀半ば、厚い皮と少ない種を持つオレンジの品種が選び抜かれ、1870年に「ジャッファ」というブランド名で輸出が始まった。輸出量はその年だけで3,800万個に達し、1939年には年1,500万箱規模の一大産業へと育っている。少ない水で育つ工夫の積み重ねが、乾いた大地からも豊かな実りを引き出してきた。
少ない水で、豊かに実らせる
出典:点滴灌漑の発祥=シムハ・ブラス、ネタフィムの公式沿革(Wikipedia、Times of Israel)。キブツの生産性=Jewish Virtual Library。ジャッファオレンジの歴史=Wikipedia「Jaffa orange」。
漏れた水道管の周りだけ育つ木を見逃さなかった一人の技師の観察眼と、限られた土地を分かち合って耕してきた共同体の営み。乾いた大地で農業を続けるという制約が、かえって工夫を磨き上げてきたように思える。
読者のみなさんの中にも、水や資源を大切に使うという発想に、旅先で触れたことがある方がいるかもしれない。一滴の水を惜しむ知恵は、乾いた土地だけの特別な話ではなく、限られたものを大切に育てるという、食との向き合い方そのものを教えてくれる。
限られた資源を大切に使う知恵から生まれたイスラエルの農業のように、地球人倶楽部も生産者が大切に育てた食材を、無駄なく食卓へ届けたいと考えています。
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