醤を仕込む甕が、
韓国の食卓を何世代もつないできた
韓国の家庭料理の土台には、何年もかけて熟成させた「醤(ジャン)」がある。味噌にあたるテンジャン、醤油にあたるカンジャン。どちらも、ひとつの甕の中で、気の遠くなるような時間をかけてつくられる。
仕込みは、大豆を茹でて潰し、レンガのような塊「メジュ」に成形するところから始まる。これを藁で縛って吊るし、最低でも三ヶ月、発酵と乾燥を重ねる。そのメジュを塩水に浸け、甕(オンギ)でさらに熟成させて初めて、醤ができあがる。
この仕込みには、儀礼と呼べるほどの手間がかけられてきた。甕は一日に二回清掃し、邪気払いとして炭や唐辛子を水面に浮かべる。仕込みを終えてから二十一日間は、他人を家に寄せつけないという禁忌も伝わっている。何より特徴的なのは、前の年の醤——「種醤油(씨간장)」を、新しく仕込む醤に継ぎ足していく習わしだ。味は一代で完成するものではなく、代々受け継がれていく。
장 담그기 醤(ジャン)담그기——「待つことの美学」(2024年、ユネスコ無形文化遺産)
2024年12月3日、パラグアイで開かれたユネスコの委員会で、この「醤담그기文化」が人類無形文化遺産に登録された。ユネスコはこの過程を「待つことの美学」と評した。朝鮮王朝の宮中には、醤を保管する専用の蔵「醤庫(장고)」まで存在し、これを管理する尚宮は「장고마마」と呼ばれ、大きな権勢を持っていたと伝わっている。
「待つ」という姿勢は、キムチにも通じている。キムチの中では発酵初期にLeuconostoc属の乳酸菌が働き、発酵が進むとLactobacillus plantarumが優勢になる。乳酸菌の数は発酵初期の10万個ほどから、完熟期には一億個規模にまで増えるとされ、この変化がキムチ特有の酸味と風味をつくり出す。
冬を越すための保存食としてキムチを共同で仕込む「キムジャン」文化は、2013年にユネスコ無形文化遺産に登録された、韓国初の食文化遺産だ。春に魚介の塩辛を仕込み、夏に塩を蓄え、晩夏に唐辛子を乾かし、晩秋に一族総出で漬け込む。姑から嫁へと技術が受け継がれていく、年間を通した暮らしのサイクルでもある。
こうした発酵の知恵の背景には、「薬食同源」という考え方がある。朝鮮王朝の御医ホジュンが1613年に著した医学書『東医宝鑑』は、食べ物と薬を区別しないというこの思想を体系立てたもので、2009年にユネスコ「世界の記憶」に登録された、最初の医学書となった。
時間をかけることが、味になる
出典:醤(ジャン)담그기文化のユネスコ登録=Korea.net、asiae.co.kr。キムチの乳酸菌の変化=国立生物工学情報センター(NCBI)掲載論文。キムジャン文化=UNESCO無形文化遺産条約リスト公式資料。東医宝鑑=UNESCO「世界の記憶」公式資料。
一つの甕の中で、何年もかけて味を育てる。その味を、次の世代へと継ぎ足していく。韓国の醤の文化は、効率や時短とは正反対の場所に立っている。けれど、だからこそ受け継がれてきたものがある。
読者のみなさんの中にも、ご実家の味噌や梅干しのように、家族の手から手へと受け継がれてきた味に心当たりがある方がいるかもしれない。時間をかけてしか生まれない味があるということを、韓国の甕は静かに教えてくれる。
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