シャトーヌフの掟が、
フランスの食を守る法になった
フランスの食卓には、目に見えない法律が敷かれている。ラベルに刻まれた土地の名前が、味そのものを保証するという仕組みだ。この考え方がどこから来たのか辿っていくと、南仏の小さな村にたどり着く。
1923年、ローヌ地方の村シャトーヌフ・デュ・パプで、ある生産者組合が動いた。当主バロン・ル・ロワ・ド・ボワゾマリエの主導で、最低アルコール度数を12.5度と定め、使ってよいぶどう品種を限定し、収穫したぶどうを選別することまで義務づけた。当時のフランスでは前例のない、踏み込んだ自主規制だった。
Appellation d'Origine Contrôlée 原産地呼称統制——土地の名前が、品質を約束する
1933年、破毀院(フランスの最高裁にあたる機関)がこの村の区画と生産条件を法的に認めた。そして1935年7月30日、政令によってCNAO(現在のINAOの前身)が設立される。初代会長ジョゼフ・カピュスのもと、「土地と結びついた品質」を国が法律で保護するという、当時としては世界でも先駆的な枠組みが生まれた。一つの村が自分たちのために定めた掟が、十年あまりでフランス全土の食を守る法律に育っていったことになる。
土地の名前を守るという発想は、畑そのものの育て方にも姿を変えて息づいている。1924年、思想家ルドルフ・シュタイナーがドイツで開いた「農業講座」がきっかけとなり、「ビオディナミ(バイオダイナミック)」と呼ばれる農法が生まれた。土を単なる資源ではなく一つの生命体としてとらえ、月や星の巡りにあわせて種をまき、収穫の時期を決める。フランスではブルゴーニュやアルザスを中心に、この考え方を実践する生産者団体「Biodyvin」が今も活動を続けている。
ブルゴーニュ、ピュリニー・モンラッシェのドメーヌ・ルフレーヴを率いたアンヌ=クロード・ルフレーヴは、1990年代からこの農法への転換を主導し、「ブルゴーニュのビオディナミの女王」と呼ばれた人物だ。2015年4月、59歳でこの世を去るまで、土地の個性を最大限に引き出すという一点に力を注ぎ続けた。
法律で土地の名前を守る仕組みと、星の巡りを見ながら土を耕す農法。生まれた背景も方法もまったく異なる二つのものが、実は同じ一つの信念でつながっている。土地には、そこにしかない個性があり、それをそのまま活かすことこそが、いちばん豊かな食につながるという信念だ。
百年かけて、土地の名前を守ってきた
出典:AOC制度の沿革=INAO公式サイト(フランス国立原産地呼称機関)。有機農地の割合=Agence Bio「Chiffres 2024」。ビオディナミの歴史=Demeter Internationalおよびbordeaux.com公式資料。
土地の名前を掲げるということは、その土地の来歴すべてに責任を持つということでもある。フランスが百年かけて磨いてきたこの考え方は、決して特別な国だけのものではない。どこで、誰が、どう育てたのかがわかる食を選ぶという、ごく身近な選択の中にも、同じ思想は生きている。
読者のみなさんの中にも、旅先で口にした一皿の味を、その土地の名前とともに覚えている方がいるかもしれない。土地の名前が味を保証するというフランスの知恵は、遠い国の法律である以上に、私たちが日々の買い物で大切にしたい姿勢そのものかもしれない。
フランスが百年かけて育ててきた「土地の名前で品質を守る」という考え方は、地球人倶楽部が届けたい「産地・生産者が見える食」というあり方にも重なります。
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