国境を流れる一本の川が、
小さな国のぶどう畑を育てている
ヨーロッパで二番目に小さな国のひとつ、ルクセンブルク。国土の大部分は森と農地で占められ、その東の縁を、ドイツとの国境をなす一本の川が流れている。モーゼル川。この川沿いのわずかな斜面に、ヨーロッパでも指折りに小さなワイン産地が息づいている。
ルクセンブルクのぶどう栽培は、モーゼル川沿いのごくわずかな区画に集中している。段々畑に整えられた斜面は、川からの照り返しと水はけの良さを生かした、この土地ならではの微気候を利用している。長らく「シャンパーニュ」と自称することは許されず、地元では親しみを込めて"シャンパン"を意味する俗称で呼ばれてきたこのスパークリングワインは、1991年に「クレマン・ド・リュクサンブール」という正式な原産地呼称を得た。これによってようやく、フランスのシャンパーニュやスペインのカバと並ぶ、独自の格付けを持つ産地として認められることになる。
生産量は決して多くない。国そのものが小さいのだから当然のことではあるが、その小ささゆえに、栽培者一人ひとりの目が畑の隅々まで届く。大規模な機械化には向かない急斜面の畑は、いまも手作業に頼る部分が多く残っている。効率を追い求めるより、目の届く範囲を丁寧に手入れする——この国のワインづくりの姿勢は、そのまま、この国の農業政策全体の縮図のようにも見える。
その姿勢は、有機農業への向き合い方にもはっきりと表れている。2020年、ルクセンブルク政府は「PAN-Bio 2025」と名づけた国家戦略を打ち出し、2025年までに農地の20%を有機栽培に転換するという目標を掲げた。予算も、初年度の438万ユーロから、目標年には1,140万ユーロへと引き上げる計画だった。
結果は、当初の目標には届かなかった。2023年時点で有機栽培に転換されていた農地は8,615ヘクタール、国内の農用地全体に対する割合はおよそ6.5%にとどまっている。だが、この国はそこで立ち止まらなかった。2025年12月、農業省は後継となる新戦略「PAN-Bio 2026-2030」を発表し、目標を2030年までに25%へと掲げ直している。届かなかった数字を隠すのではなく、次の目標として公表し、予算を積み増して再挑戦する——ワインづくりと同じ、地に足のついたやり方だ。
小さな国の、地に足のついた再挑戦
出典:クレマン・ド・リュクサンブールの原産地呼称=ルクセンブルク政府公式サイト(aop.public.lu)ほか。有機農業の目標と実績=ルクセンブルク農業省「PAN-Bio 2025」「PAN-Bio 2026-2030」に基づく現地報道(Chronicle.lu)。
大きな数字で語られる国の陰で、ルクセンブルクのような小さな国が示しているのは、目標に届かなかったことを恥じず、次の目標として公にする誠実さだ。派手な成功譚ではないぶん、地味に映るかもしれない。けれど、川沿いのわずかな斜面を何十年もかけて手入れしてきたぶどう農家たちと同じように、この国は焦らず、次の収穫を待っている。
読者のみなさんの中にも、大きな目標を掲げては、思うようにいかず立ち止まった経験がある方がいるかもしれない。届かなかった数字を、次の目標に掛け直す。そんな小さな国のやり方は、案外、日々の暮らしのヒントになるのではないだろうか。
※本ページでご紹介した統計は、各出典(本文中に記載)の公表時点のものです。
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