ブラという小さな町が、
世界の食卓を変えた
イタリア北部、ピエモンテ州の小さな町ブラ。人口3万に満たないこの町に、世界160カ国以上に広がる運動の本部がある。「スローフード」。1986年、ローマのスペイン広場のそばにマクドナルドが出店する計画に対し、地元のジャーナリストだったカルロ・ペトリーニが仲間と共に異を唱えたことから始まった。
ペトリーニが掲げた理念は、シンプルだった。おいしいだけでなく、環境に負荷をかけず、作り手が正当に報われること。この三つがそろって初めて、一皿の食事は「良い」と呼べるという考え方だ。
Buono, pulito e giusto. 良く、きれいで、公正な食。――カルロ・ペトリーニ
今年5月、ペトリーニ氏は76歳でこの世を去った。40年近く率いた運動の理念は、いま改めて世界で振り返られている。
ブラのあるクーネオ県は、世界的な白トリュフの産地アルバや、バローロワインの畑が広がる丘陵地帯としても知られる。霧の立ちこめる晩秋、香り高いヘーゼルナッツと共に食卓に上るのは、にんにくとアンチョビをじっくり煮込んだソースに温野菜をくぐらせる「バーニャカウダ」。何時間もかけて鍋を囲むこの土地の食事の作法そのものが、ペトリーニの言う「スロー」の原風景だったのかもしれない。
理念だけでは、数字は動かない。だが実際にイタリアの有機農地面積は、全農地の約20%に達している。ヨーロッパの中でも際立って高い水準だ。ドイツも有機食品への支出が過去最高を更新し続けているが、その割合は食費全体の6%台。そして日本の有機農地は、いまも全体の1%に満たない。
有機農地が全農地に占める割合
出典:イタリア=SINAB「Bio in Figures 2025」、ドイツ=BÖLW「Organic Market Report 2025」(有機農地面積ベース)、日本=農林水産省「有機農業をめぐる事情」(2025年9月)。ドイツの食費支出に占める有機の割合は約6.5%(BÖLW, 2024年実績)。
これは「遅れている」という話ではない。むしろ、まだ根付いていない分だけ、これから伸びる余地があるという意味だ。イタリアの数字は、思想が数十年かけて社会に浸透した結果であって、一朝一夕にできたものではない。
読者のみなさんの中にも、旅先でこうした空気に触れたことがある方は多いはずだ。現地のマルシェで買った一皿、小さな村で教わった食べ方——もしそんな体験があれば、いつか聞かせてほしい。この連載は、みなさんの記憶を借りて、まだ見ぬ土地を旅する試みでもある。
遠いイタリアの思想は、案外近くにも息づいている。日本橋の名店「アルポンテ」監修による冷凍おかずは、イタリアの調理技術を家庭に持ち帰るための一皿だ。旅の続きは、食卓の上でも楽しめる。
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※本ページの内容は食文化・食養生に関する一般的な話題のご紹介であり、特定の効果効能を示すものではありません。