カロテンという言葉は、
にんじんの名前そのものだった
にんじんの汁から、赤みのある結晶が出てきた
「カロテン」という言葉は、にんじんの名前から生まれた。台所にある一本のにんじんが、化学の用語になった話をしよう。
1831年、ドイツの化学者ワッケンローダーが、にんじんから色素を取り出した。にんじんの色が、手に取れる「物質」として姿を現した瞬間である。同じ19世紀の前半には、パプリカ(1817年)、サフラン(1818年)、ベニノキ(1825年)の色素も調べられていた。
彼はこの物質に、にんじんを意味するラテン語の carota にちなんで、ドイツ語で「カロチン(carotin)」という名をつけたとされる。のちに英語では carotene となり、日本語では「カロテン」と書かれる。にんじんの学名も Daucus carota で、名前の根は同じだ。ただし、その正体はすぐには分からなかった。組成式が C40H56 と決まったのは1907年、分子の構造が明らかになったのは1930〜31年のことだ。
02にんじんの名は、色素の一族の名になった
研究が進むと、にんじんの色素と似たものが、ほかの植物や動物からも次々に見つかった。1837年には、紅葉した葉から黄色い色素が取り出され、キサントフィルと名づけられた。これらをまとめて「カロテノイド」と呼ぶようになった。名前の根っこは、やはりにんじんだ。黄、橙、赤、紫と色の幅は広く、2018年までに約850種の天然のカロテノイドが報告されている。炭素と水素だけでできたものがカロテン、酸素をふくむものがキサントフィルと分けられる。
食卓にも、この一族の色は並ぶ。日本食品標準成分表(八訂)増補2023年では、100gあたりのβ-カロテンは、にんじん(根・皮つき・生)で6,900μg、西洋かぼちゃで2,500μg、赤色トマトで540μgと載っている。にんじんにはα-カロテンも3,300μg載る。トマトの赤は、カロテンの仲間のリコピンの色だ。うんしゅうみかん(じょうのう・普通)はβ-カロテンが180μgで、代わりに仲間のβ-クリプトキサンチンが1,700μgと載る。
台所の色の多くは、同じ一族の色だった。03
日本には、東洋種と西洋種が二つの道から届いた
にんじんの原産地は、アフガニスタン周辺とされる。そこから東西に分かれて広まった。日本へは、江戸時代に中国から東洋種が伝わった。16世紀末から17世紀にかけてとする資料もある。東洋種は黄、赤、紫などの色があり、細長いのが特徴だった。沖縄で栽培される黄色い「島にんじん」も、東洋種に数えられる。一方の西洋種は、12〜13世紀にヨーロッパへ伝わった系統で、日本へは江戸時代末期から明治時代にかけて入ってきた。資料によって、伝わった時期の説明に幅がある。
東洋種は、今は関西を中心に出回る赤い「金時にんじん」として残っている。京都府の研究機関の資料では、その赤はトマトにも多いリコピンの色とされる。成分表の「きんとき」(根・皮つき・生)にも、β-カロテンが4,800μg載っている。現在の主流は、育てやすいオレンジ色の西洋種の短い根の品種だ。昭和30年代(1955〜64年)までは、長さ60センチを超える長い品種が大勢を占めていた。金時の根も細長く、30センチ以上になる品種が多いと京都府の資料にある。
カロテンの名前を、数字で辿る
出典:文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」、農畜産業振興機構「野菜情報」2026年9月号・「にんじんの話」、Journal of Natural Medicines 掲載の総説「Carotenoids as natural functional pigments」(2020年)、京都府農林水産技術センター資料
1831年の実験室と、台所の一本のにんじんがつながっていると思うと、包丁を入れる手が少しゆっくりになります。名前の由来をたどると、いつもの野菜の見え方が少し変わってきます。
※本ページの内容は、日々の暮らしの工夫と一般的な考え方をご紹介するものであり、特定の効果効能を示すものではありません。
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