ビタミンB12は、植物も動物もつくれず、
微生物だけがつくる栄養素だった
赤い結晶の中心には、金属がいた
ビタミンの中に、金属の原子をまんなかに抱えたものがある。ビタミンB12だ。
1948年、米国の製薬会社の研究チームが、動物の肝臓の抽出物からこの成分を赤い結晶として取り出した。同じ年、英国の製薬会社のスミスも赤い結晶をつくり、オックスフォード大学のドロシー・ホジキンのもとへ届けた。ホジキンたちはX線で結晶を調べた。最初の2枚の写真から、分子量が1,500ほどもある大きな分子だとわかったが、中身はまるで見当がつかなかったという。8年がかりの研究で、1956年に構造が明らかになる。ビタミンの中でもっとも複雑な構造とされ、1964年のノーベル化学賞につながった。
02名前に残った、鉱山の小鬼
構造の中心にいたのは、コバルトという金属だった。古くからガラスや陶磁器を青く染める鉱石として知られた金属だ。ビタミンB12がコバルトを含むことから、仲間の化合物は「コバラミン」と総称される。コバルトの名は、16世紀ごろのドイツの鉱山に由来するとされる。銀に似た鉱石を溶かしても銀が得られず、鉱夫たちはそれを、坑内にすむ小鬼「コボルト」のしわざと呼んだという。1730年代、スウェーデンの化学者ブラントがこの鉱石から新しい金属を取り出し、鉱夫たちの呼び名を、そのまま元素の名にした。
小鬼の名をもつ金属が、ビタミンのまんなかに座っていた。03
つくっていたのは、目に見えない生き物だった
構造がわかっても、人が化学の力でつくるのは容易ではなかった。合成には11年、90を超える反応、100人を超える共同研究者が必要だったとされる。一方、自然界でB12を一からつくれるのは、細菌と古細菌だけだ。植物も動物もつくらない。同じ1948年には、放線菌の一種の培養液からも同じ成分が得られたと報告された。1964年のノーベル賞の授賞式でも、供給は細菌の発酵に頼るほかないと語られた。今も工業的な生産は、微生物の発酵が担っている。
微生物のすみかは広い。海では細菌や古細菌がこの成分を生み出し、牛や羊のような反すう動物では、胃にすむ微生物がつくる。食品の値を、日本食品標準成分表(八訂)増補2023年で見ると、可食部100gあたり、しじみ(生)68.0μg、焼きのり56.7μg、牛の肝臓(生)53.0μg、あさり(生)44.8μgとある。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」は、成人のビタミンB12の目安量を1日4.0μgとしている。
ビタミンB12を、数字で辿る
出典:ノーベル財団(1964年化学賞)、ブリストル大学化学科、厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」、文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」、米国NIH栄養補助食品部局 ほか。
栄養素の話なのに、主役は目に見えない微生物でした。コバルトの名が鉱山の小鬼に由来すると知って、書きながら少し笑ってしまいました。食卓の向こうに、海や牛の胃の中まで続く長い道がある。そんな見方も、ひとつの楽しみ方だと思います。
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