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暮らし|Vol.33 KARADA NO HANASHI COLUMN

緑茶は、栄西が持ち帰った
“薬”だった

湯呑みに注がれる緑茶
01

お茶は、遣唐使が伝えた貴重品だった

食後や一息つきたいときに、当たり前のように手にする緑茶。しかしこのお茶が日本に伝わった当初は、限られた人しか口にできない、非常に貴重なものだった。

日本に初めてお茶を伝えたのは、最澄・空海・永忠らの遣唐使だと考えられている。815年、永忠が嵯峨天皇に茶を献上したという記録が、日本茶の喫茶に関する最初の記述とされる。

02

栄西が広めた、「薬」としてのお茶

お茶の栽培と喫茶の習慣を大きく広めたのが、中国からお茶の種を持ち帰った栄西だ。彼が開いたとされる高山寺は、日本で初めて茶が作られた場所として知られている。栄西は著書『喫茶養生記』の中で、お茶の種類や抹茶の製法とともに、その薬効を説いた。

お茶は、味わうものである前に、体を整える“薬”だった。
03

薬から、日々の愉しみへ

当初は「薬」として用いられていたお茶は、やがて毎日の愉しみとしての嗜好飲料へと発展していく。今のように一般家庭で緑茶を日常的に飲めるようになったのは、大正から昭和にかけて機械化が進み、庶民でも手頃な価格で手に入るようになってからのことだ。一杯の緑茶の中に、薬から嗜好品へという、長い時間の移り変わりが詰まっている。

緑茶の歴史を、数字で辿る

815年 永忠が嵯峨天皇に茶を献上したという、日本茶の最初の記録の年
大正〜昭和 機械化が進み、庶民が日常的に緑茶を飲めるようになった時期

出典:丸久小山園「お茶の歴史」、お茶百科「茶関連歴史年表」ほか。

EDITOR'S NOTE

薬として大切に扱われていたお茶が、今では毎日何杯も気軽に飲めるものになった。その変化の大きさに、あらためて驚かされます。

※本ページの内容は、日々の暮らしの工夫と一般的な考え方をご紹介するものであり、特定の効果効能を示すものではありません。

※体調に不安がある場合や、症状が続く場合は、医療機関にご相談ください。

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