アポロが月に運んだ技術が、
日本の防災食を変えた
「防災の日」を生んだのは、震災ではなかった
「防災の日」といえば、1923年の関東大震災を思い出す方が多いと思います。しかし、9月1日が実際に「防災の日」として制度化されたのは、震災から37年後の1960年のこと。しかもそのきっかけは、震災そのものではなく、まったく別の災害でした。備えという行為は、いつも一つの記憶だけでは動き出さない。そして、私たちが今、当たり前のように棚に並べている非常食も、たどっていくと、戦場や宇宙という、まったく縁のなさそうな場所から届いた技術でできています。今日は、防災食という身近な入り口から、その積み重なった記憶の物語と、非常食という食べものそのものの、少し意外な成り立ちをたどってみたいと思います。
1959年9月26日、東海地方を伊勢湾台風が襲いました。高潮によって愛知県・三重県の沿岸部を中心に、死者・行方不明者はあわせて5,000人を超える、昭和最大級の被害をもたらした災害です。この惨状を受けた政府は、翌1960年6月17日の閣議了解によって、9月1日を「防災の日」と定めました。
日付そのものは1923年の関東大震災にちなんだものですが、この記念日を実際に動かしたのは、震災の37年後に起きた、まったく別の台風でした。一つの震災の記憶だけでは、制度は生まれなかった。もう一つの災害が重なって、初めて「日付を決めて、毎年備え直す」という発想が現実になったのです。
以来、9月1日を含む8月30日から9月5日までは「防災週間」とされ、全国で防災訓練や啓発行事が行われるようになりました。備えは、単発の出来事の教訓としてではなく、時間をかけて積み重なった記憶の総量から生まれる。防災の日の由来は、そのことを静かに教えてくれます。
関東大震災そのものの被害規模も、あらためて振り返ると大きなものでした。マグニチュード7.9、死者・行方不明者は10万人を超え、東京・横浜を中心に甚大な被害をもたらしています。伊勢湾台風もまた5,000人を超える犠牲者を出した災害でした。二つの大災害の記憶が37年の時を経て一つの記念日に重なったこと自体が、備えというものの息の長さを物語っているように思います。
02兵士の携行食から生まれた「レトルト」という技術
今、災害用に選ばれる食品の多くは、レトルトパウチとフリーズドライという、二つの技術に支えられています。どちらも、もともとは家庭の食卓のためではなく、まったく違う極限状況のために生まれたものでした。
そもそも軍隊にとって、缶詰は長らく頼りになる携行食でしたが、金属の缶は重く、輸送にも保管にも負担がかかります。より軽く、より柔らかく持ち運べる容器はないか、という現場の必要から生まれたのが、真空パックのソーセージでした。大塚食品の大塚明彦氏が、米国のパッケージ専門誌に載っていたこのソーセージの写真に目を留め、「これをカレーに応用できないか」と発案したのが始まりでした。缶詰よりも軽く、お湯で温めるだけで食べられるという発想は、もともと戦場での携行を前提にしたものだったのです。
1968年2月12日、大塚食品は世界初の市販用レトルト食品「ボンカレー」を発売します。当時のカレー業界はメーカー間の競争が激しく、「他社と同じものを作っても勝ち目はない」という危機感から生まれた挑戦でした。発売から5年後には、年間販売数1億食を達成しています。今では2月12日が「ボンカレーの日」として記念日にも登録されています。
一皿の非常食の中には、
戦場と宇宙、二つの極限を
生き延びるための技術が、
静かに詰まっている。
宇宙飛行士の食事から生まれた「フリーズドライ」という技術
もう一つの技術、フリーズドライの舞台は、宇宙開発でした。1960年代のジェミニ計画で、フリーズドライ食品が宇宙食に初めて採用されます。当初は水で戻すだけの簡素なもので、決して評判の良い食事ではなかったと伝えられていますが、続くアポロ計画で船内でお湯が使えるようになり、お湯で戻して食べる、今と近い形が確立していきました。無重力の狭い船内では、食べこぼしや水分の管理そのものが命に関わる課題であり、食事は栄養補給だけでなく、安全上の設計対象でもあったのです。
このとき土台になったのが、当時すでにアメリカ陸軍が研究していた携行糧食の技術です。3名の宇宙飛行士が2週間宇宙に滞在するにあたり、食品を軽く、長持ちさせ、栄養を保つための技術として、オレゴン・フリーズドライ社や、陸軍の食品研究機関ネイティック研究所が開発に加わりました。アポロ計画の時代には、宇宙食の種類もメインディッシュから調味料、飲み物まで、約70種類に増えています。
フリーズドライという技術そのものも、少し不思議な仕組みで成り立っています。食品を一度凍らせ、真空状態にして、水分を氷から直接、水を経ずに気体へと昇華させる。加熱して乾かす方法に比べて、栄養や風味を保ちやすく、組織の壊れが少ないため、お湯で戻したときの食感や味の再現性も高いとされています。
つまり、レトルトもフリーズドライも、根っこをたどれば軍の携行食にあります。片方は戦場を経て家庭の食卓へ、もう片方は軍の技術を経て宇宙へ、そして今また、災害時の食卓へと降りてきました。私たちが今食べている非常食は、二つの遠い場所からの技術が、時間をかけて合流した結果なのです。
04なぜ、今の非常食は「おいしい」を目指し始めたのか
かつての非常食は、「まずくても仕方がない」という前提で作られていた時期がありました。長期保存と軽量化を優先すれば、味は二の次になりがちだったのです。しかし近年は、災害が特別な非日常ではなく、誰にでも起こりうる日常の延長として捉えられるようになり、「保存性」と「おいしさ」を両立させる方向へ、食品開発そのものが進んできました。
天然のだしでしっかり味付けした和惣菜、国産の具材を使った洋風のおかずと素材にこだわったパン、保存料・着色料を使わずに仕上げたやさしい味わい。避難生活という、ただでさえ心が疲れる状況の中では、食事の満足感そのものが、体だけでなく気持ちを支える役割を持ちます。非常食は、生き延びるための最低限のカロリーから、少しでも「ふだんの食事に近いもの」を目指す段階へと、静かに移り変わってきているのです。
05断水したとき、なぜ「いつものトイレ」が使えなくなるのか
食事の備えと同じくらい見落とされがちなのが、トイレの問題です。多くの水洗トイレは、水の力で排泄物を配管の先まで流す仕組みになっています。断水すると、この「流す力」そのものが失われ、配管の途中で詰まったり、下水側から逆流したりするリスクが生じます。マンションの上層階ほど、この問題は深刻になりやすいとされています。
簡易トイレの多くは、水を使わず、吸水性ポリマーなどの凝固剤で排泄物を素早く固め、においを抑えて密閉する仕組みを採っています。目安として、災害用トイレは一人あたり一日4〜5回分を想定して備えるとされており、たとえば10回分なら二〜三日、100回分なら4人以上で四〜五日分という計算になります。食料と同じように、必要な人数と日数から逆算して備えておくと、いざというときに慌てずに済みます。
「食べる」ことの備えは話題になりやすい一方で、「出す」ことの備えは、どうしても後回しにされがちです。しかし避難所の運営に関わった人たちの声を聞くと、初動で最も切実な課題になるのは、しばしばトイレだといいます。入り口に近い、目立たない備えほど、実は生活の質を大きく左右するのかもしれません。
防災食の歴史を、数字で辿る
出典:フリーズドライ食品と宇宙食の歴史=農林水産省広報誌「aff」、宇宙メディア各社解説記事。レトルト食品の歴史=大塚ホールディングス公式サイト、ボンカレー公式サイト。防災の日の由来=防災の日Wikipedia、京都光華大学防災ラボ解説記事。ローリングストック=農林水産省「災害時に備えた食品ストックガイド」(2019年)。
「ローリングストック」は、まだ生まれて数年の言葉
備蓄の代表的な方法として知られる「ローリングストック」。昔からの生活の知恵のように語られることも多いのですが、この言葉を農林水産省が「災害時に備えた食品ストックガイド」として公表し、広く提唱し始めたのは2019年のことです。普段の食事に少し多めの買い置きを混ぜ込み、賞味期限が近いものから使い、使った分だけ買い足す。備蓄を、非常時のためだけの特別な行為から、日常の延長に組み込み直すという考え方です。
人は、いつ来るかわからない災害よりも、目の前の予定を優先してしまう傾向があります。心理学でいう「正常性バイアス」です。ローリングストックがうまく機能するのは、備えることを一度きりの決断にせず、すでにある日々の買い物や食事という習慣の中に、そっと溶け込ませているからだと思います。強い意志よりも、続けられる仕組みの方が、結果的に長く生き残る。備蓄という行為にも、同じことが言えるのかもしれません。
07今日から始める、災害食との付き合い方
では、実際に何から始めればいいのでしょうか。まず食事は、和食・洋食どちらの系統も一度試しておくと、避難生活が長引いたときの「飽き」を防げます。次に、食べるだけでなく「温める」手段も一緒に備えておきたいところです。水を注ぐだけで発熱する加熱セットがあれば、電気やガスが止まった状況でも、あたたかい一食を用意できます。
備える量の目安としては、最低でも3日分、可能であれば1週間分の食料・水・トイレを用意しておくことが望ましいとされています。3食×3日間という単位でセットになっている非常食は、まさにこの「最低ライン」をそのまま満たす量として設計されたものです。一人分から家族の人数分まで、必要な分をそのまま積み重ねていける点も、備える側にとってはわかりやすい仕組みだと思います。
地球人倶楽部では、これらをエコワンの防災食シリーズとして取り扱っています。3食×3日間というひとまとまりの単位も、ローリングストックの発想にそのまま乗せやすい量です。まずは食べ慣れた味から、少しずつ日常の中に組み込んでみてください。
読者のみなさんの家にも、いつか賞味期限が切れたまま忘れられている非常食があるかもしれません。それ自体は、決して恥ずかしいことではないと思います。大切なのは、一度きりで終わらせず、季節の変わり目や防災週間のたびに、少しずつ入れ替えていくこと。宇宙飛行士や兵士のために生まれた技術が、今、台所の引き出しの中で静かに私たちの日常を支えています。
- エコワン 防災食 あたたかセット(和食・1人分)12,320円
- エコワン 防災食 あたたかセット(洋風・1人分)14,190円
- エコワン 防災食 ローリングストックセット(和食・1人分)9,936円
- 加熱セット 発熱剤18回分(水付き)6,048円
- 災害用トイレセット エコレット10(10回分)1,980円
- エコワン防災プライバシーテント(縦横2way)11,880円
この読み物を書きながら、防災という言葉の重さを、少し違う角度から見ることができた気がします。宇宙飛行士のための技術と、台所の日々の買い物が、実は地続きだということ。難しく考えすぎず、まずは一つ、味を選ぶところから始めてみませんか。
※本ページの内容は、非常食・防災用品にまつわる歴史と一般的な備え方の考え方をご紹介するものであり、特定の効果効能や災害時の安全性を保証するものではありません。
※実際の備蓄量や備え方は、居住地域・家族構成等に応じて、自治体等が発信する最新の防災情報もあわせてご確認ください。