コラム
有機農業は「食料安保の必須科目」に|日経記事を読んで(完)|地球人倶楽部
COLUMN / 日経新聞を読んで(完)
有機農業は「食料安保の必須科目」になった
日経記事を読んで、シリーズを締めくくる
2026年7月31日の日本経済新聞電子版「データで読む地域再生」は、有機農業に取り組む自治体が、この3年で約3倍に増えたと報じました。国が主導する「オーガニックビレッジ」制度が2022年に本格化してから、宣言自治体は154市区町村に。これまで2回にわたって関東・関西それぞれの現場を読んできましたが、この記事はその全体像――なぜ今、国がここまで有機農業を後押しするのか――を教えてくれるものでした。

1「宣言自治体3倍」の中身
「オーガニックビレッジ」は、農林水産省が主導する制度です。生産から消費までを一貫して有機農業に取り組むモデル地区として自治体が宣言すると、交付金などを通じて計画作りが支援されます。2022年の本格推進から3年、宣言自治体は154市区町村に増えました。私たちがこれまで読んできた神戸市も奈良県宇陀市も滋賀県甲賀市も、この制度の宣言自治体です。点として見えていたそれぞれの取り組みが、実は国全体の大きな流れの一部だったということが、この記事でようやくつながりました。
21位は、意外にも島根県だった
都道府県別の推進自治体比率で全国1位だったのは、島根県(26.3%)でした。県内19市町村のうち、浜田市や邑南町など5市町が取り組んでいるといいます。島根県は2025年度から5年間の農林水産基本計画で、有機拡大を重点事業に位置づけました。「人口減に打ち勝ち、笑顔で暮らせる島根」をつくるには農林水産業の強化が欠かせないとした上で、大規模化が難しい中山間地の競争力を引き上げる手段として、有機農業を選んだのだそうです。
興味深いのは、人材育成にまで踏み込んでいる点です。島根県立農林大学校には「有機農業専攻」があり、2年間の課程で土づくりや病害虫の抑制などを実践的に教えています。田中亙教授は「栽培や管理法を学べる環境を整え、経営ができる人材を育てる」と語っていました。また浜田市では、除草など手間のかかる有機の弱点を、雑草対策ロボットの導入という技術の力で克服しようとしているそうです。有機農業を「気合と根性」ではなく、教育と技術で支える仕組みにしていく。そのしたたかさに、感心させられました。
3コウノトリが教えてくれること
生物多様性の保全を前面に打ち出しているのが、兵庫県豊岡市です。農家・JA・行政が一体となって、有機米「コウノトリ育むお米」の生産・販売拡大に取り組んでいます。コウノトリのエサとなる生き物を田んぼに増やす観点から、化学肥料不使用などの栽培基準を設けているのだそうです。
結果として、このお米は高値で取引されるようになり、水田の近くでコウノトリの姿が見られるようになったといいます。豊岡市は2027年度から、市内の学校給食で使う全てのコメをこのお米に置き換える方針です。環境を守ることと、経済的に成立させること。この二つを、コウノトリという象徴を軸に両立させようとしている取り組みだと感じました。
記事には、モリタファーマー(兵庫県豊岡市)の森田強社長のコメントも紹介されていました。「化学肥料に頼らない有機は営農計画を立てやすい利点もある」。この言葉は、次の章とつながっています。
4「買えばよい」時代の終わり
今回の記事で、私たちが一番はっとさせられたのは、この一文でした。日本は化学肥料の原料の多くを輸入に頼っており、中東や中国など特定地域への依存度が高い。国際的な需給の逼迫や中東情勢の影響で相場は高騰し、農家はコストの上昇に直面しているといいます。東京大学の鈴木宣弘特任教授は、記事の中でこう指摘していました。「食料や肥料は買えばよいという状況から一変した。食料安全保障を強化する観点からも有機農業が果たす役割は大きい」。
有機農業は、これまでどちらかといえば「環境に優しい」「体に良さそう」という、暮らしを豊かにする選択肢として語られてきたように思います。ですがこの記事が伝えているのは、もう一段深刻な話でした。海外の資源に頼らずに食料を作り続けられるかどうかという、国の足腰そのものに関わる話としての有機農業です。
記事にあった国際比較の数字も、率直に衝撃でした。有機農業の取り組み面積は、オーストラリアが約5,302万ヘクタールであるのに対し、日本はわずか4万ヘクタール。全農地に占める割合で見ても、オーストリアの27%やイタリアの19%に対し、日本は1%にとどまります。10年間でほぼ倍増したとはいえ、諸外国との差はまだ大きいというのが実情のようです。
5それでも、担い手は減っている
記事は、有機農業を取り巻く厳しい現実からも目をそらしていませんでした。少子高齢化や過疎化の進展で、基幹的農業従事者数は2000年の240万人から、2025年には約103万人にまで減少。平均年齢は67.7歳に達するといいます。病虫害などで収穫量が大きく減るリスクや、労務負担の大きさを考えると、有機農業を地域ぐるみで推進していくのは、決して容易なことではありません。
農林水産省は、スマート農業の導入などで効率化・省力化を進め、2050年までに耕地面積の25%、100万ヘクタールまで有機農業を引き上げることを目指しています。今4万ヘクタールであることを考えると、これは相当に高い目標です。それでも国がここまで踏み込んで数値目標を掲げるのは、記事全体を通して伝わってきた危機感の裏返しなのだろうと感じます。
6三つの記事を読んで、私たちが思うこと
関東編では、群馬県みなかみ町の循環型モデルや、千葉県木更津市の学校給食米への取り組みを読みました。関西編では、神戸市の直売マルシェや、奈良県宇陀市・滋賀県甲賀市の生産者の声を読みました。そして今回、その全体を貫く「食料安全保障」という軸を知りました。三つを通して見えてきたのは、同じ「有機農業」という言葉の中に、実に多様な理由と工夫が詰まっているということです。循環のため、地元経済のため、生物多様性のため、そして国の食料安全保障のため。理由は土地によって違っても、そこに共通していたのは、効率だけでは測れない手間を、誰かが引き受け続けているという事実でした。
地球人倶楽部は1988年、まだ「有機」という言葉が今ほど知られていなかった頃から、有機野菜を家庭に届けてきました。当時は今回の記事にあるような「食料安保」という文脈で語られることはほとんどなかったように思います。ですが、化学肥料や輸入資源に頼らずに食卓を支え続けるという私たちの仕事は、結果として、この記事が指摘する課題への小さな答えの一つになっていたのかもしれません。
島根県のように人材を育てる自治体も、豊岡市のようにコウノトリと共生する自治体も、私たちのように生産者から直接お届けし続ける会社も、規模も方法もそれぞれ違います。それでも、「効率だけでは説明のつかないことを、続ける」という一点において、私たちはこの記事に出てきた全ての方々と、同じ側に立っているのだと感じています。
参考:日本経済新聞 電子版「有機農業、食料安保にも光 推進自治体3年で3倍」データで読む地域再生(2026年7月31日、沢隼、グラフィックス 天野由衣)
シリーズ:日経新聞を読んで
(その1)有機農業を推進する市町村、関東で343――日経の記事を読んで
(その2)有機野菜を支える「地消」の輪、関西22市町村
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監修者:地球人倶楽部 編集部