コラム
雲海を見おろす鶏舎で、60日間。 徳島・神山鶏が体現する、鶏肉の本来の姿
徳島県・吉野川流域の山間部に、ひとつの鶏舎があります。人里よりもはるか上、澄んだ風が吹き、豊かな湧き水が流れ、晴れた朝には雲海を見おろすことができる場所です。そこで生まれ、60日から80日かけてゆっくりと育てられるのが「神山鶏」です。
スーパーの鶏肉売り場に並ぶ一般的なブロイラーが、約35〜40日で出荷されることを考えると、その違いは明らかです。急いで育てない。抗生物質に頼らない。動物性飼料を使わない。30年以上前から変わらず守られてきたこの三つの約束が、神山鶏という鶏肉の本質を形づくっています。
1973年の創業から変わらない「豊かな食生活に奉仕する心」
神山鶏を育てる株式会社イシイフーズは、1973年に徳島県石井町で創業しました。創業者が掲げた「豊かな食生活に奉仕する心」という言葉は、半世紀を経たいまも変わらず同社の根幹に流れています。
食の安全への意識が今ほど広まっていなかった30年以上前から、イシイフーズはすでに全飼育期間において抗生物質・抗菌剤を使用しない特別飼育に取り組んでいました。「時代が変わって、ようやく世の中が追いついてきた」とも言えるその先見性は、地球人倶楽部が1988年に有機農業を掲げて宅配を始めたことと、深いところで重なります。本物への信念を持ち、少数派であることを恐れずに続けた者だけが持てる、確かな歴史があります。
「抗生物質不使用」を可能にした、イシイミックスという発明
養鶏における抗生物質の使用は、多くの場合、過密飼育環境での感染症を防ぐためのものです。逆に言えば、鶏がストレスなく健康に育てられる環境を整えれば、抗生物質に依存する必要はなくなります。しかしそれは言うほど簡単ではありません。
イシイフーズが開発した「イシイミックス」は、枯草菌(納豆菌等)・乳酸菌・すだちパウダー・緑茶粉末・キトサンなどを独自にブレンドした混合飼料です。これを与えることで鶏の腸内の善玉菌が増え、免疫力が高まり、全飼育期間を通じて抗生物質・抗菌剤を使わずに健康を維持できる仕組みを実現しました。納豆菌、乳酸菌、地元徳島特産のすだち、緑茶——日本の発酵と食の知恵が、鶏の健康を守る飼料に凝縮されています。
「神山鶏」の住まいは、人里よりもはるか上。澄んだ風が吹き、豊かな水が湧き、時には雲海を見おろす鶏舎で、純真無垢に育ちました。
植物性飼料100%——「ブロイラー特有の臭み」がない理由
神山鶏の飼料は、植物性たんぱく原料のみで構成されています。動物性たんぱく再生飼料は一切使用せず、もちろん魚粉も含まれていません。使用するトウモロコシは、飼料メーカーが分別生産管理を保証するNON-GMO(非遺伝子組み換え)かつPHF(ポストハーベストフリー=収穫後農薬なし)のもの。大豆かすも非遺伝子組み換えのものを使用しています。
「一般的なブロイラーの飼料と比べると、色も香りも違い、神山鶏の飼料からは香ばしい穀物の香りがします」とイシイフーズは語っています。飼料の違いが、肉の臭みの違いに直結します。ブロイラー特有の臭みが気になったことがある方ならば、神山鶏を調理したとき、その香りの清潔さに驚かれるはずです。
メスのみ・平飼い・60〜80日——ゆっくり育てることの意味
神山鶏の飼育には、いくつかの特徴的な選択があります。まず、飼育するのはメスのみです。メスは一般にオスより穏やかな性質を持ち、同一環境でのストレスが少なく、均質な肉質になりやすいとされています。次に、自由に動き回れるほど広い平飼い鶏舎で育てられます。運動量が確保されることで筋肉が適度に発達し、食感の良い肉質が生まれます。
そして出荷まで60〜80日という時間をかけること。一般的なブロイラーの倍近い日数をかけてゆっくりと育てることで、肉の旨み成分(アミノ酸)が蓄積されます。急いで育てた鶏肉と、時間をかけて育てた鶏肉では、噛んだときに滲み出る旨みの深さが異なります。この違いは、スープやだしに最もよく現れます。神山鶏の骨ガラでとっただしは、飲んだ瞬間に「ちがう」とわかるほど旨みが豊かです。
鶏ふんが土に還る——循環型農業というもうひとつの価値
神山鶏の物語は、鶏舎の外にも続きます。抗生物質・抗菌剤を使用していない神山鶏の鶏ふんは、農地への堆肥として還元することができます。イシイグループでは鶏ふんにキノコ栽培後の菌床を混合した良質な堆肥「大地のサプリ」を開発し、地域農家の化学肥料削減に貢献しています。
抗生物質を含まない鶏ふんの堆肥は、土壌微生物の多様性を守りながら、安全性の高い野菜作りを支えます。鶏が健康に育ち、その鶏ふんが土を豊かにし、土が野菜を育てる——この循環は、地球人倶楽部が創業以来大切にしてきた「命の循環」という哲学と、まったく同じ方向を向いています。食卓に届く神山鶏の一片は、その大きな循環の一部です。
地球人倶楽部が神山鶏を選ぶ理由
地球人倶楽部のお肉カテゴリーに神山鶏が並ぶのは、偶然ではありません。30年以上前から抗生物質不使用に取り組んできた生産者の歴史、植物性飼料100%という素材へのこだわり、平飼いという動物福祉への配慮、そして鶏ふんを土に還す循環型農業——これらすべてが、地球人倶楽部の選定基準と一致しています。
さらに実用的な面でも、神山鶏は日常の食卓に深く馴染みます。ささみ・むね・もも・手羽・砂肝・ガラ——豊富な部位が揃うことで、炒めものから煮込み、スープ、デリカまで、鶏肉を食事の中心に据えた多様な料理に対応できます。無投薬で育てた良質な鶏肉が、週に2〜3回の食卓に届く——それが、神山鶏を選ぶ暮らしの日常の姿です。
雲海を見おろす徳島の山あいで、60日間かけて純真無垢に育った鶏。その一口に、土地の水と風と、生産者の30年の信念が宿っています。
監修者:地球人倶楽部 編集部